最後の納めもの。

2011年12月31日

2011.12.31、現在夜の8時。

あと3時間後には仮眠から目覚めて野菜の仕分けをし、茨城をぐるっと一周して元旦の

お昼頃には配達を終わらせなければならない。

 

埼玉の川口にある大きな青果卸会社からFREEFARM起死回生となるチャンスに十分

に値するほどの大仕事を貰い受け、昼間はFREEFARMとして厳選した野菜の配達が

あり、まともに寝れていない日々が始まってかれこれ約半月続いていて、年末も新年も

俺には関係が無い、と思い極めていたつもりが、昨日、これも寝ずに那須まで行き最後

に仕入れた素晴らしい野菜たちをお得意様にきれいに納品して一年の感謝の気持ちを

伝え、全て終わった帰り際に、年に数回の一家団欒を共に過ごすはずだった父に電話を

かけると、急にしんみりと歳の暮れ独特の侘しさがこみ上げてきた。

 

 

今年は忙しくても『忙しい』とは己の口から滑らせないと決めていましたが、知らず知らず

呼んで字のごとく、心を失い何かに無我夢中になっていて。

計画の無い“無我夢中”は、ただ人を困らせ、迷惑をかけ、傷つけるのだという事を

知ることが出来ました。

 

この学びは、僕の人生の中でとっても大きな収穫でした。

その犠牲にしてしまった方には心からお詫び申し上げます。

そして本当にありがとうございました。

 

僕の大好きなひと。

ありがとうございました。

 

僕の嫌いな人、僕のこと嫌いな人。

ありがとうございました。

 

来年はこれを糧に、また何かを得ようと企んでいます。

 

というわけで・・・

来年もどうぞ、FREEFARMを宜しくお願いしまあす!!!!

 

◇ おまけ ◇

 

う~もう寝ます!

 

本当にありがとう☆

 

太郎

純真無垢な姿

2011年8月8日

ついに、ひと月以上もブログをサボってしまいました!

特に理由はありませんっ。

那須は渋井農業研究所の畑や田んぼでは、今起きている事態について研究・勉強を

しながら、わずかな可能性や些細なことでも対策を打ちながら農業が行われています。

 

これからは、「産地」ではなく「誰の」畑や田んぼなのかが重要になってくると

僕は思っています。

放射能に関していえば、見えないものがあちこちに飛散しているわけですから、

県や区域などでひとまとめにせず、どこの誰が、どの様な農業をしているか、良く知った

上で自らの命に代える食材を選ぶべきだと思います。

 

食べる(=命に代える)食材を責任を持って自分で選ぶ。

すなわち、自分の命の源の作り手を自分で選ぶ。

その考え方は、最初っからFREEFARMの理念であるわけですから、むしろ今度の事態で

僕らの理念が分かりやすくなったと、前向きに考えています。

当然、研究を重ねて丹精こめた農業の結果(放射能問題で言えば、その線量)は

重要であることに変わりはありませんし、FREEFARMとしても考える対策は

山ほどあります。

 

しかし、僕も本当のことは分かりませんが、リアルな自分の実感ではなく、

バーチャルな世間の風評やメディアの情報に乗って踊っているひとの姿がときたま

とても滑稽に感じてしまいます。

僕は、リアルな現場の音を聴いて、踊り狂いたい。

 

田んぼには、これから産まれるであろう億千万の大事な命が眠っていて、

その純真無垢な命はこの世のことをまだ知らないけど、出来ればがっかりさせたくは

ありません。

僕には今何も出来ないけれど、惚れ込んだ気持ちだけは曲げません。

とはいえ、ハラハラするのは人情です。

 

 

土曜日の配達中に、お得意様の軒先にも世情を無視したあどけない純真無垢な姿を

見受けました。

西麻布 れいの

とってもおいしいコーヒーと、マスターとおねえさん(ママ)、お集まりになっているご常連の

お人柄にやられます。

もちろん、FREEFARMの野菜をふんだんに使ったお料理も絶品です。

西麻布 OSTERIA totto

こちらもマスターのお人柄と腕にやられます。

FREEFARMのトマトときのこがお料理に登場しますよ!

ところでこの花、なんていう名だろうか。

 

来週はお盆でマルシェはお休みです!

皆さん六本木アークヒルズに行かれませんように!

 

太郎

AMBESSA ~純粋で自然であること~

2011年6月20日

先日のマルシェに、AMBESSA(アンベッサ)の君島君が遊びに来てくれました。

もともとは僕がかねてより一大変お世話になっている洋服屋さんBACKCHANNEL

勤めていましたが、今は家族で千葉の房総に移り住み、自給自足をしながら

オーガニックのドライフルーツやハーブ、スパイス、ナッツなどを販売しています。

そのうち、六本木アークヒルズのヒルズマルシェでお目見えできるかもしれません!

純粋で自然な彼らとのひとときは、

とても気持ちを穏やかにしてくれました。

 

太郎

命のおしえ

2011年6月14日

とてつも無く美しく、自然なその姿に、

生きている理由を問うのではなく、生きている証と有難さを痛感して、

ただただ、大地に生まれたひとであったことを思い出すのです。

 

またひとつ何かを得るために、明日も那須へ行こうと思います。

 

おやすみなさい!

 

 

太郎

自然のうつろい

2011年6月3日

熱くなったと思ったら、急に冷え込んだり。

雨が降ったと思ったら、急にお天気になったり。

 

自然の気持ちはやはりとても読みきれず、でも人間も同じようなもんだなぁと考えると、

人間もやはり自然からなる産物であるのだから、そりゃあ当然のことだろうなどと思う

今日このごろ。

 

 

皆さん如何お過ごしですか。(一応やっといた)

 

 

なるべく自然に生きようものなら、やはりなるべく自然に合わせて作られた作物を摂り

入れるべきで、自然に生きるというのは、心身ともに健康に生きるという意味に置き

換えられるかもしれない。

命のために口に入れるものが、その人の人生を大きく変えているのかもしれない。

 

 

先週の写真。

うつろいの季節。

 

 

『自然(じねん)』

自然(じねん)は自然の呉音読みであり、「しぜん」と読んだときとは違った意味を持つ

ようになる。

自然(じねん)とは、万物が現在あるがままに存在しているものであり、因果によって

生じたのではないとする無因論のこと。仏教の因果論を否定する。外道の思想のひとつ

である。

また外からの影響なしに本来的に持っている性質から一定の状態が生じること

(自然法爾)という意味や、「偶然」「たまたま」といった意味も持つ。

wikipediaより

 

 

僕は、じねん体でいたい。

 

太郎